街のシンボルとして

牛久シャトー株式会社

取締役事業推進部長

會田 正樹

牛久市が誇るワインの聖地

茨城県南部・牛久市。田園風景のなかに、まるでヨーロッパの古城を思わせる赤レンガの建造物群が静かに佇んでいます。その名は牛久シャトー…明治36(1903)年に浅草の「神谷バー」を創業した実業家・神谷傳兵衛(でんべい)が「本物の葡萄酒を造りたい、当時高価だった葡萄酒を日本人の誰もが気軽に楽しむことができれば」という志で開設した日本初の本格的ワイン醸造場です。

フランス・ボルドーの当時の最新の技術を取り入れ、ブドウ栽培から瓶詰め、出荷までを一貫して行う、当時としては画期的な施設でした。120年以上の時を経た今もレンガ造りの建物群は明治の面影を色濃く残しており、主要な3棟(事務室、醗酵室、貯蔵庫)は国の重要文化財に指定。2020年には文化庁によって「日本ワイン140年史」のストーリーが認められ日本遺産に認定されており、その価値は全国的にも高く評価されています。

122年の歴史を背負いながら、次の100年にむけて歩み続ける牛久シャトー。「このシャトーに惚れ込んだ」と、当時の運営会社の社長に直談判して入社したという取締役事業推進部長の會田さんに、牛久シャトー、大切にしている「循環型」という仕事観、そして地域とともに歩み続ける企業のあり方について、お話を伺いました。

ワインの城への地元住民からの想い

牛久シャトーの誕生は、まさに日本の近代化の象徴だったと會田さんは言います。「明治期、実業家の神谷傳兵衛は輸入ワインに薬草やハチミツなどを入れ、日本人好みの甘口の葡萄酒造りに励むほか、同時にワインの国内生産にも挑戦しました。ブドウ栽培の適地を探し続け、広大な土地を取得できたほか、鉄道が開通したことにより最大の消費地である東京に容易に葡萄酒を送ることができる、ブドウの栽培が好調に推移したなど醸造場をつくる環境が整い牛久進出を決定し、赤レンガ造りの醸造場を建設したのです」

しかし、時代の波は決して穏やかではありませんでした。「関東大震災や第二次世界大戦、経済不況、ワイン消費文化の変遷などを経て過渡期を迎えたんですね。その期間に牛久シャトーの存続を後押ししたのが牛久市民の方々でした。「街のシンボルの存続を」という強い想いが瞬く間にひろがり、2万3千人を超える嘆願書が集まったんです。この市民の声が行政を動かし、牛久シャトーの保存活用プロジェクトが始動しました」

現在は取締役事業推進部長として歴史をもつ施設を未来へつないでいく會田さんもまた、牛久シャトーに魅せられたひとりです。「団体の金融部門やフリーペーパーの出版業など、いろいろな業界を経験してきたなかで、人生を変える出会いがありました。クライアント訪問で足を運ぶようになった牛久シャトーとの出会いです。訪問するたびに感じる空気感、時の流れが他の場所とはまったく違ったんです。ゆっくりとした時間の流れ、落ち着くことができる雰囲気。気づけばどんどん牛久シャトーに惹かれていってしまいまして。あるとき、肚を括って当時の運営会社の社長に直接熱意をぶつけてみたんです。直談判で入社してしまいました。当時は気持ちしか伝えられませんでしたが、それでも理解していただけて。あのときが人生の最大の転機でしたね」

歴史とともにある「ワインの文化」

現在の牛久シャトーは明治の息吹と歴史を感じられる“ワイナリー”として多くの人を迎えています。ワイン醸造も再び歩みはじめ、メルローやマスカット・ベーリーA、甲州などのブドウ品種を使用した新たな牛久シャトーブランドを展開。明治時代の包装紙デザインを表ラベルに採用するなどした牛久葡萄酒などレトロ感を出したワインは人気です。「最近は温暖化で気候も亜熱帯化しているように感じます。牛久シャトーは茨城・牛久のテロワール(土地の個性や気候など)のなかでワイン造りを行っています。牛久ならではのブドウの出来やワインの味わいなどを楽しんでいただけるといいですね。歴史を背景に、若い世代の方々にも気軽に親しみやすいワインを造っていきたいですね」

敷地内には120年以上前のワイン貯蔵庫を改装したレストランがあり、旬の食材を使用したカジュアルなフレンチを提供しています。天井も高く開放的で、レンガの温もりを感じられる空間で旬の味を楽しめる“特別な時間”を過ごせます。

「そして近年は、地元牛久市にある茨城農芸学院と協働でブドウ栽培にも取り組んでおり、ブドウ栽培を通じて社会貢献活動も実施。さらに、創業者の神谷傳兵衛がビール造りも構想していたことから、敷地内にはクラフトビールを醸造するブルワリーも併設しており、牛久市産小麦「ゆめかおり」を使用した“うしく ゆめかおりエール”など人気のクラフトビールを味わうこともできます。

さまざまな施設がある牛久シャトーには、本館、醗酵室、貯蔵庫といった明治期の建物群がある。そのレンガ造りの明治期の建物群は国の重要文化財、日本遺産、近代化産業遺産。三つの指定・認定を受けた建物を有する施設として、ご来園になる方も多いです」

つながる温もりを、これからも。

これからも牛久シャトーがワインの歴史を刻み続けるには地域との連携が不可欠だと會田さんは語ります。「日本のワインの発祥地のひとつ」として、茨城・牛久のテロワールのなかで、いかに事業を継続させていくか。そして歴史的な価値をもつ施設を次の100年にむけて残していく努力が必要です。でも、それは一企業だけでは実現は難しい。牛久市民をはじめ、多くの皆さまのご支援、ご協力が必要だと思います。だから『地域参加型の企業』であることが重要だと思っています。

「仕事ってひとつの輪だと思っています。自分がその輪の中の一点であり、次の部署や担当者に繋がっていく。常に業務は循環型で回っていると思います。だからその輪を乱さず、スタッフの皆さんと協力する。ひとりでは仕事は完結できないんですよ。きっと牛久シャトーも地域社会の循環を通じて、地域に根付いていると思うんですよね」

赤レンガに夕日がさしこむとき、その輝きはまるで過去と未来をつなぐ灯のよう。120年以上の歴史を胸に、牛久シャトーと會田さんは、これからも地域とともに歩み続けるでしょう。

牛久シャトー株式会社

取締役事業推進部長

會田 正樹

団体の金融部門やフリーペーパーの出版業など多様な職を経て、牛久シャトーに魅了され入社。現在は同社取締役事業推進部長として、歴史ある牛久シャトーの再生と未来づくりを担っている。
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