やりたいことを “動詞”で考える

常陸風月堂

三代目代表

藤田 浩一

常陸(ひたち)から世界へ普及し続ける三代目

茨城で70年以上続く老舗和菓子店「常陸風月堂」。その三代目として経営を担っているのが、藤田浩一さんです。地域に根ざしたまんじゅうや大福を作り続けてきた店を、全国、そして海外へと広げようと挑戦を重ねています。藤田さんがなぜ伝統ある家業を守りつつも、新しい一歩を踏み出そうとしたのか。その背景と想いを伺いました。

過酷な修行で得た“財産”

藤田さんのお祖父さんが開業した常陸風月堂。家業を継ぐことは自然な流れだったのでしょうか。「はい、皆さんのイメージ通りかもしれませんが、小さいころから“跡継ぎ”と言われて育ちました。でも中学のときにパソコンに夢中になって、プログラマーを目指した時期もあるんです。そこである国家試験に挑んだのですが、挫折。そのとき『この仕事を30年続けられるだろうか』と考えて、諦めました。その後、母の進言もあり東京の和菓子専門学校に入学しました。“原宿で遊べる”という不純な動機もありましたが(笑)…和菓子を学ぶうちに日本文化の奥深さに魅せられたんです」

卒業後は神奈川で5年間修行。厳しい修行時代だったといいます。「まさに丁稚奉公のような働き方だったと思います。住み込みで働かせてもらってましたが、週1の休み以外はほとんど働き詰めで、自由な時間も給与もわずか。でもその経験で身につけられた確実な技術は、今でも大きな財産になっていますね」

「栗ひと粒」に込められた想い

その後、父の病をきっかけに帰郷。そこで待っていたのは、経営の厳しい現実でした。「父の時代は地元向けの和菓子中心で、経営も“ざっくり”。このままでは立ち行かないと感じて、価格を上げる挑戦を始めたんです。その延長で、風月堂の新しい道筋をつくるべく、高付加価値商品を作ろうと思ったときに出会ったのが『飯沼栗』でした。ひとつのイガに一粒しか実らない珍しい栗で、それを食べた瞬間に衝撃を受けまして…“これならいける”と確信しました」

あんこはあくまで“つなぎ役”…羊羹の8割が栗で構成された大胆なデザインで、「万羊羹」が誕生しました。「農家の方々が丹精込めて育てた栗の味を最大限に生かすことを大切にしました。デザイナーによるブランディングも丁寧に計画・実施。次第に、これは1万円で売れるのでは…という構想がチームで出まして。父からは、そんな高いものが売れるわけがない、と反対されましたが、テスト販売でなんと1万円の値段で完売したんです。新しい風月堂の景色が見えた瞬間でした」

そしてこれは、飯沼栗が生産され続けるための大きなカギでもありました。「飯沼栗は市場では普通の栗と同じ値段で扱われてしまう。でも手間もコストもかかっている。だからこそ私たちが適正な価格で買い取って、生産者の努力を報いる、持続可能な仕組みが求められるわけです。このテスト販売で成功したことは」

やりたいことを“動詞”で考える

今、藤田さんが挑戦しているのは、商品の本質的な価格への挑戦です。「たとえばラーメンがアメリカやヨーロッパでは日本の約3倍の値段で、しかも飛ぶように売れている。それは、ラーメンの提供者がその地域において、自分たちの商品の価格がどれくらいだと適切なのか、熟知しているからなんです。和菓子の分野でそれが当てはまらない訳がない。だから、挑戦したいんです」と熱く語る藤田さん。国内ではインバウンド需要を見据えて、都内で外国人観光客に特化した店舗展開を構想中です。

そして海外展開も本格的。「人口減少が進む地方では、単価を上げないと事業が続きません。日本全体がいずれ同じ課題に直面するはずです。だからこそ海外展開を本気で考えています。2025年はニューヨークでポップアップを予定していますし、現地法人をつくって直接販売できる仕組みを目指しています。利益を農家や従業員に還元して、持続可能なモデルをなるべく早く作りたい。忙しいですね…(笑)」

伝統ある和菓子屋の三代目として生まれた責任感と、挑戦を恐れない行動力。藤田浩一さんの歩みは、地域に根差しながらも世界を見据える中小企業の可能性を示しています。「栗ひと粒」に込められた想いは、きっと日本を超えて多くの人々に届くはずです。

「これから日本の未来を担う若い方々にこそ、思考と行動の連動を大切にしてほしい。まず動くことがモチベーションにつながりますから。そして、自分のやりたいことを“動詞”で考えることが大事です。そんな努力を、たとえ小さな会社でもコツコツ続ければ、必ず道は開ける。私はそう信じています」

常陸風月堂

三代目代表

藤田 浩一

茨城県で70年以上続く老舗和菓子店「常陸風月堂」の三代目。上京して情報処理を学んだ後、東京の和菓子専門学校に進学し、和菓子の奥深さに魅了される。卒業後は神奈川の老舗で5年間住み込み修行を経験。帰郷し家業を継承すると、価格改定や新商品の開発に着手。希少な飯沼栗を使った「万羊羹常陸」を生み出し、地域の菓子屋から全国ブランドへと成長させた。現在は海外展開にも挑戦している。
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